最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)666号 判決 1982年1月29日
上告人
新井博子
右訴訟代理人
尾崎陞
鍛治利秀
内藤雅義
渡辺春己
昭和重工株式会社破産管財人
被上告人
伊吹幸隆
外四名
右五名訴訟代理人
柴田國義
松永保彦
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人尾崎陞、同鍛治利秀、同内藤雅義、同渡辺春己の上告理由について
破産手続参加は、破産債権者の権利行使としての実質を有し、民法一五二条の規定によつて破産手続参加に認められる時効中断の効力は、右権利行使が継続している限り維持されるものであることは、当裁判所の判例の趣旨とするところであるところ(最高裁昭和五二年(オ)第六一一号同五三年一一月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻八号一五五一頁)、執行力のある債務名義又は終局判決を有しない破産債権者の届出債権について、破産管財人又は他の債権者から異議が述べられた場合には、届出債権者が異議者に対して債権確定の訴えを提起するか、又は破産宣告当時係属している訴訟を受継し、かつ、配当の公告のあつた日から起算して二週間内に右訴えの握起又は受継を破産管財人に証明しない限り、当該債権者は配当から除斥されるが(破産法二六一条)、のちの配当に関する除斥期間内に前記訴えの提起又は訴訟の受継を証明したときは、前の配当において受けるべきであつた額につき優先権が認められていること(同法二七〇条)、異議のある未確定の債権については裁判所が議決権を行使させるか否か、行使させるとした場合にもどれだけの債権額で行使させるかを定めることとされていること(同法一八二条二項)に徴すると、執行力の判旨ある債務名義又は終局判決を有しない破産債権者は、破産債権の届出により破産手続に参加し破産債権者としてその権利を行使していることになるのであつて、債権調査期日において破産管財人又は他の債権者から異議が述べられても、破産債権者は依然として権利を行使していることに変りはなく、右異議は、単に破産債権の確定を阻止する効力を有するにとどまり、これによつて破産債権届出の時効中断の効力になんら消長を及ぼすものではないかと解すべきである。
しかるに、原判決は、破産債権者の届出債権について、債権調査期日において破産管財人又は他の債権者から異議が述べられた場合には、届出が実質上その効力を失うという意味において、民法一五二条にいう「其請求カ却下セラレタルトキ」に該当するものとして時効中断の効力は初めに遡つて消滅するとの見解のもとに、本件各手形及び小切手債権についての破産債権届出による時効中断の効力を否定して消滅時効の抗弁を認め、消滅時効以外の抗弁について判断することなく上告人の請求を棄却したのであつて、原判決には、法令の解釈を誤り、ひいて審理不尽の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 宮﨑梧一)
上告代理人尾崎陞、同鍛治利秀、同内藤雅義、同渡辺春己の上告理由
原判決は、破産債権者の届出債権について「債権調査期日において破産管財人ないし他の債権者から異議が述べられた場合には、届出が実質上その効力を失うという意味において、民法一五二条にいう『其請求カ却下セラレタトキ』に該当するとして、時効中断の効力は初めに遡つて消滅するものと解するのが相当である」と判示している(原判決第一二丁)が、これは判決に影響を及ぼすべき明らかな法令違背であり破棄を免れない。
一、民法第一五二条は、明治二九年四月二七日法律第八九号として公布され、同三一年七月一六日施行された現行民法第一編の一条文であるが、本条制定時の破産に関する規定は、昭和二三年四月二六日法律第三二号として公布され同二六年三月四日の法律により多少の修正を経て同年七月一日から施行された旧商法第三編(第九七八条乃至第一〇六四条)、即ち「旧破産法」であつた。従つて、民法第一五二条を理解するためには、旧破産法の規定(以下旧規定という)を前提として考えなければならないのである。
ところで、旧規定によれば破産債権の確定は、承認又は裁判所の判決を以つてこれを為すとされ(第一〇二六条第一項)、一方で破産主任官の開催する調査会(第一〇二五条第一項)において管財人からも、又債権の確定し、もしくは貸借対照表(第九七九条、第一〇一六条)に掲げられた債権者からも異議の申立てがない債権は、承認を得たものとされ(第一〇二六条第二項)、他方異議の申立てを受けた債権については、その債権者が取消(取下)をしないときは、破産裁判所が公開の法廷で、なるべく合併(併合)をして、破産主任官の演述を聞いた上で判決するとされていた(第一〇二七条)。即ち債権調査期日において異議が述べられた債権については、その債権者が債権届出の取下げをしない限り、当然に判決によつて債権の確定がはかられることが予定されていたのである。
そこで、民法第一五二条を旧規定第一〇二七条に照して理解するならば、『其請求が却下セラレタトキ』とは、債権調査期日において管財人若くは他の債権者から異議が述べられたことを意味するのではなく、破産債権確定訴訟において破産債権者が敗訴の判決を受けたことと解すべきは、当然のことである。
その後、現行破産法が大正一一年四月二五日法律第七一号として公布され、同一二年一月一日から施行されるに至つた。現行破産法では、債権調査期日において、破産債権について異議が述べられた場合破産裁判所自らが当然判決をすることによつて債権を確定するという方式を改め、通常の訴訟手続によつて確定するとの原則を採用したが、民法第一五二条の規定は、改正されることなく従前の規定のまま現在に至つているのである。このような沿革とりわけ、現行破産法の制定にもかかわらず民法第一五二条が改正されなかつた点からいうならば、同条にいう『其請求カ却下セラレタトキ』とは、破産債権確定訴訟で破産債権者が敗訴したことをいうのは、当然のことというべきである。
二、他方、以下述べるような点からみても現行破産法の債権調査期日における管財人及び他の債権者の異議が、民法第一五二条にいう『其請求カ却下セラレタトキ』に該当するというべきではない。
(一) 『其請求カ却下セラレタトキ』とは、民法第一四九条の訴の却下と比較してみるならば、裁判所の判断を前提としているものと理解すべきであるが債権調査期日において、破産裁判所は、破産債権の届出が破産法第二二八条所定の方式をみたしているか否かの形式的な審査はできるが、その内容の当否に関する実体的判断権限はなく、他面、管財人、他の債権者の異議は当事者間の相互索制的な私人の訴訟行為に過ぎない。この異議をもつて『其請求カ却下セラレタトキ』に該当するというのは飛躍があり過ぎる。
(二) 更に、現行破産法が通常訴訟手続によつて異議の述べられた債権の確定をはかつているのは、国有の破産手続の迅速、簡明を期するためのものであつて、旧規定当時と、異議の性質や破産債権確定訴訟の性質が異つたとみるべきでない。破産法が、有名義債権と無名義債権とで起訴責任を分けていること、とりわけ破産法第二四八条第一項の終局判決には、未確定の仮執行宣言の付かない判決も含まれると解されていて、無名義債権とは、単に推定力の高さが異なるに過ぎないこと、「債権の存否」だけでなく債権の「額」(金銭債権以外では評価を含む)、債権の優劣に関する「債権の順位の区分」、別除権者の主張する「予定不足額の当否」等まで債権調査の対象とされて、異議が出たときは破産債権確定訴訟によつて確定がはかられることから(同法第二二九条、第二三一条、第二四〇条一項、第二四四条)いうならば、異議によつて届出の効力が失われるというものではなく、むしろ訴訟政策的見地から、通常訴訟手続によつて破産債権の確定を図ることにしたものというべきである。
(三) また民法第一五〇条、同第一五一条と民法第一五二条とを比較してみるならば、民法は調停不調等相手方の出方によつて確定が阻止された場合に、債権者が何か訴訟行為をおこさなければ中断の効力が失われるという場合には、そのなすべき行為を明定しているのであつて、民法第一五二条の『其請求ガ却下セラレタトキ』と単純に規定しているのとは明らかに異なる。
(四) そして、そもそも異議があつた場合には、破産債権の確定が妨げられるだけであつて債権届出という権利行使の効力は持続しているのである。破産法は配当の除斥期間以前であれば、届出債権については異議のあつた後いつでも破産債権確定訴訟を提起して配当を受けうるとしていることは、債権届出がないのと異なり、債権届出の効力の持続していることのあらわれである。この点、会社更生法で更生債権ないしは、更生担保権確定訴訟の出訴期間を法定しているのと明らかに異なる。
また未確定状態というのは、訴の提起というもつとも強力な権利行使においてすら、確定判決までは継続する状態であつて未確定、即ち権利行使なしというものでは決してない。そして、破産法第二六一条が異議を受けた債権の配当に関し破産債権確定訴訟の提起の証明と破産によつて中継した訴訟の受継の証明とを並列的に規定していることは、債権の届出と訴訟の提起をほぼ並列的に扱つていることのあらわれである。
三、以上述べた諸点から明らかなとおり、債権調査期日において破産管財人ないし他の債権者から異議が述べられた場合にも届出が実質上その効力を失うと解することはできないし、ましてそれをもつて民法第一五二条にいう『其請求ガ却下セラレタトキ』に該当するとはいえない。
よつて原判決には、判決に影響を及ぼすべき明らかな法令違背があり破棄を免れない。